観光情報中川町の歴史を知りながら自然を満喫してみませんか?

photo01
道の駅 なかがわ
木をふんだんに使ったあたたかみのある外観と、ホール中央にある大きな暖炉が特徴です。冬は薪が赤々と燃える休憩コーナーをはじめ、キッズコーナーや光が降りそそぐレストランなど、つい長居をしてしまいそうです。ここから近郊のレジャースポットへと足を伸ばしてみるのもいいと思います。
photo02
エコミュージアムセンター
白亜紀(およそ1億~7200万年前)の地層が多く見られる中川町は、世界的にも有名な化石の産出地です。クビナガリュウの化石が1973年と1991年に中川町で発見され、1991年に発見されたものは、全長約11mと国内最大級のサイズと言われています。復元骨格のほか、町の川原から発見されるアンモナイト化石も数多く展示されています。1999年に廃校となった佐久中学校の校舎を利用しており、宿泊施設(約60名)としても利用できます。
photo03
期間限定の原生花園
天塩町の少し手前、国道40号線の東沿いに並ぶ防風林の向こう側に、6月中旬出現する黄色の絨毯。野生のエゾカンゾウが一斉に咲き誇ります。 その一か月後、同じ場所が紫色一色に!今度はノハナショウブが短い夏を盛り上げます。 どちらもピークは1週間程度。この時期に、ここでしか楽しめない、美しい景色です。
photo03
茂吉小公園
歌人であり精神科医でもあった齊藤茂吉(1882-1953)は、兄である守谷富太郎が志文内(現在の共和)にあった診療医で拓殖医を務めていた縁で、1928年に中川町を訪れています。志文内診療所の前には、1978年10月に、茂吉の来町を記念する歌碑が建てられました。診療所は1993年に老朽化のために解体されましたが、その跡地と茂吉歌碑を中心に茂吉小公園として整備、保存されています。 小さな公園ですが、短歌フェスティバルの歴代の入選歌も掲示されており、短歌に親しむ人々の吟行ポイントとなっています。
photo04
志文内峠
志文内峠は、昔は通学などの生活道路として使われていましたが、安平志内川沿いの道道が整備されてからは全く使われなくなっていました。その後、斎藤茂吉に関連する事業の一環として2002(平成14)年に復元され、「志文内峠路」として、整備・保存されています。短歌を愛好する人々の吟行ポイントとして、茂吉ファンだけでなく毎年多くの人が訪れます。
photo05
佐久ふるさと伝承館
JR佐久駅の駅舎内に、地元の方々から寄贈された昔の道具など貴重な資料が展示されています。 北海道でのハッカ生産は明治時代大きく広がり、1915年には中川町は天塩川流域で最大の産地となりました。当時のハッカの蒸留装置や馬橇、そして生活感あふれる道具たちが静かに並んでいます。 駅舎内は明るく開放的で、「さわやかトイレ」はその名のとおり、いつでもぴかぴかです。
photo06
北海道立総合研究機構林業試験場道北支場
北海道立総合研究機構林業試験場道北支場では、道北地方特有の厳しい気象条件下における森林管理技術や緑化樹生産管理技術の開発のほか、他の研究機関と共同で海浜環境にかかわるミティゲーション手法の開発を進めています。 また、町のナナカマド林業グループ主催による「りんぐすのつどい」への協力など、地域とのつながりも積極的に行っています。